メモ帳

恋の何歩か手前

歩幅

妻を病院に送り届けて、診察が終わるまでの時間、子供を抱きながら適当に周辺をふらふら散歩した。

《適当に》と言ったけど、もしかしたら、意識的にそこに足が向かっていたのかもしれない。

ふと目をやると、10年ほど前に仕事で頻繁に通っていた建物が目の前にあった。

私の胸に体重を預けて寝ている子供に向かって「ここはお父さんが昔、仕事で良く来ていた場所なんだよ」と話しかける。

マスクの中で小さく呟いた言葉は、私の胸のあたりまで届いたかは分からない。そのまま、歩みを止めることなく、通り過ぎる。

10年も経っているのに、しょっちゅう通ったのに、懐かしさみたいなものは特に感じられなかった。

少しだけ喉が渇いたな、と思いながら。もう妻の診察は終わっただろうか、と思いながら、歩みを進める。

長かったようで、あっという間のような、10年間。あっという間で、長いような、30分。

歩幅は、変わっているのだろうか。